広告はこれからどこに向かうのか?

広告モデルの原点を振り返る

最近読んだビジネス書の中で、アメリカの大手ネットワークCBSの話が紹介されていました。もともと経営難だったラジオ局を、ある実業家が買収し、「広告モデル」によって収益化したというエピソードです。時代は1927年、日本で言えば昭和2年頃の話になります。
そもそも、ラジオ放送は当初どのようにお金を生んでいたのでしょうか。調べてみると、初期のラジオ番組は、ラジオ機器メーカーが自社製品を売るために放送していたものでした。放送自体に直接的なビジネスモデルはなく、いわば「宣伝のための番組」だったのです。
そこに広告という仕組みが導入されたことで、放送は「それ自体が収益を生むもの」へと変わりました。この転換をきっかけに、メディア=広告モデル という構造が定着し、広告はメディアを支える存在になっていきました。

メディアは変わっても、広告が支える構造は続いている

現在、ラジオを日常的に聴く人は多くありません。しかし、テレビ、新聞、Webメディア、SNS、YouTube、動画配信サービスなど、媒体の形が変わっても、広告によって支えられているという本質は変わっていません。
かつて広告代理店は花形産業で、CMが流行語を生み、広告が文化をつくっていた時代もありました。広告には希望や憧れがあり、企業と生活者をつなぐ役割を担っていたように思います。
しかし今、広告に対して同じようなポジティブな印象を持てている人はどれくらいいるでしょうか。

信頼されにくくなった広告と、その背景

デジタル広告の世界では、誤解を招く表現やフェイク広告、詐欺的な広告が問題視されています。
テレビや新聞でも、通販広告や特定層向けの商材が多くを占め、広告そのものへの信頼が揺らいでいると感じる場面は少なくありません。
海外では、広告と社会の関係性を見直す動きも進んでいます。オーストラリアで18歳未満のSNS利用を制限する法案が可決されたことは、広告やプラットフォームが社会に与える影響の大きさを象徴する出来事と言えるでしょう。
便利さと引き換えに、広告は「信用されにくい情報」になりつつある。
この変化は、広告を出す企業だけでなく、広告をつくり、運用するフリーランスやマーケターにとっても無関係ではありません。

それでも広告は消えない。進化し続ける存在だからこそ

一方で、広告がなくなる未来は想像しにくいのも事実です。
Web広告、SNS広告、動画広告、そして生成AIを活用した広告表現へと、広告は形を変えながら拡張し続けています。
企業にとって広告は、事業成長やブランドづくりに欠かせない手段です。
フリーランスやマーケターにとっても、広告は仕事そのものであり、価値を提供するフィールドです。
だからこそ、短期的な成果や数値だけを追う広告ではなく、長期的に信頼を積み重ねられる広告のあり方が、これまで以上に問われています。

広告に関わるすべての人が問い直すべき視点

広告やマーケティングに関わる企業、代理店、フリーランス、すべての人に共通して投げかけたい問いがあります。
「この広告は、生活者にとって本当に善だろうか?」
良い広告は、単にモノを売るためのものではありません。
生活者の選択肢を広げ、理解を助け、意思決定を前に進める情報でもあります。
一方で、悪い広告は信頼を奪い、企業ブランドやマーケティングそのものへの不信感を生みます。
広告の力を知っているからこそ、その使い方を誤ってはいけない。
広告がこれから向かう先は、テクノロジーの進化だけではなく、広告に関わる一人ひとりの姿勢と倫理観なのかもしれません。